君が見たい未来

 

 

すこしだけ悩んでいることがあったので、

友人とお好み焼きを食べながら相談した遅めのお昼やすみ。

 

「色々あるけど最終的にはさ、

君が見たいと思う未来を創り出すことだけに

そのエネルギーを注ぎ込むべきなんだよ。」

別れ際に彼にさらりと言われた言葉は

誰かの講演や記事や書籍なんかでは聞いたことがあるフレーズだったけれど、

一対一の極個人的な対話でこういうことを言ってくれるのは

とても凄いことだなあと印象に残ったのだった。

 

 

 

あいをする

 

 

いつか終わるものだと知っているから

いまに出来得る限りの愛情を注げるのであって

それが永遠に続くと知れば

きっとうんざりしてしまうだろう

みる人

f:id:mimicocco:20160917212021j:plain

 

野球観戦にはまってしまったお陰で、

すっかり映画館や美術館へ行く機会が減ってしまった。

 

けれど感覚的にはどっちがどうであるとかあんま変わらないんだよなあ。

 

わたしはきっと何を観ても何かを見出すし、考えてしまうから。

勝ちと負け

 

 

連日オリンピックや高校野球がメディアを賑わしているけれど、

変わらずペナントレースばかりを目で追ってしまうのはそれが「大舞台」で無いからだとふと思う。

 

歴史的勝利をおさめても、目も当てられない大敗を期しても、

明日も同じように試合がある。

 

それが人生であり生活だ。

 

どんな気分なんだろうな、毎日明確に勝ちか負けかを手に入れるような生活は。

はやりもの

 

 

自分が一度好きになったものを、いつか好きでなくなる

ということにひどく怯えがあって

流行りものにはなるべく近づかないようにしている。

 

 

 

なんとなく

 

おうちに棲むひとたちの歓送迎会だったので、みんなで餃子を食べた。

こういう日は決まって餃子を食べる。

包んで、焼いて、食べるところまでみんなで一緒にできるから。

あと、それぞれ好きな具材を包むことができるのも良い。

今日は持ち寄った手作りりんごジャムやタコスの材料も一緒に包んだ。

 

わたしたちはひとつのコミュニティにいるので、仲良くしましょう!

…というのはとても気持ち悪いし、

これから同居人になるので、深い話をしましょう!

…というのも具合が悪い。

 

ただなんとなく、一緒にいるのが好きだ。

なんとなく一緒にいながら今日食べたご飯や天気の話をしたりして

その日の気分でちょっと自分の夢を語ったりもしちゃって

ゆっくり、近い存在になっていくのが良い。

 

 

贅沢

 

 

お金を払えば贅沢ができるのは、ある意味当たり前のことで

(そして贅沢をするにはそれが一番楽な手段でもある)

それとは違う方法で贅沢を享受してしまったとき、

何を対価として差し出せるのか、私は未だに答えが出ていない。

 

こちらがお金を出そうとしたその時の、

怒りにも哀しみにも似たあの瞳に気付き、

自分はなんと愚かなのだろうと思い知らされた。

 

何かを貰った分だけ、返せる“何か”をずっとずっと求めている。

それが見つからないうちは、頂けるものをとにかく目一杯心から

味わい尽くすことだけ心掛ける。