朝と夜の際に
寝る間際までスマートフォンをいじる―
起きている間は、出来るだけ多くの情報を取り入れては処理をするような習慣は
実は己の創造性を著しく欠如させているのではないかと思い
とても久しぶりに寝床にスマートフォンを(勿論パソコンも)持ち込まないでみた。
真っ暗な部屋で目を瞑り、寝る行為に集中する。
これまで何千回と当たり前に繰り返してきた行いに、改めて意識を向けてみると
毎夜、如何に恐ろしいことに立ち向かっているのかとおののいた。
人は起きている状態と眠っている状態の際をいつまでも見ることが出来ない。
「寝るぞ、寝るぞ」と構えながら、いつこの意識を手放すのか永遠に知ることはない。
(当たり前なんだけど、気付くという行為は、起きている状態だからこそできる行いだ。)
起きている状態と眠っている状態の際とはなんだろうと考えはじめた先で、
では生きている状態と死んでいる状態の際とはなんだろうという問いに立ち当たる。
「死ぬぞ、死ぬぞ」なんて構える余裕がどれほどの人間にあるのだろう。
また構えたところで、その際を知ることなんて出来るのだろうか。
私が今立ち向かっている「寝るぞ、寝るぞ」という際が
死の際でないなんて、どう約束できるのだろう…
なんてことを考えて、齢27にもなって恐ろしさに身体を震わせてしまった。
ああ今日も夜がやってきてしまった。