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すみっこでひとり

 

先日とあるきっかけで「私は他人にそうやって行動を強いられるのが苦手なので、他人にも強いたくないんです。」と気を使ってくれた人に対し、言うことがあった。

数日経って発した言葉を思い返しながら、他者とのコミュニケーションを考える上で、自分にとって重要なポイントなのかもしれないと考える。

 

 

こういうことを考える時、いつも思い出すのは高校時代の昼休みの話。

その年頃の女の子ってみんな友達同士お弁当を持ち寄ったり一緒に学食に行っては、毎日毎日同じような話を繰り返している。

当初は私も例に漏れずだったが、三年間全く同じクラスメートだったことも関係してか、二年の途中で唐突に「どうして飽きもせず同じことを繰り返しているのだろう」と思いたち、「今日から私は一人でお昼ごはんを食べるね」と宣言したのだった。

 

その日から昼休みが始まるとすぐに図書室に向かった。

どんなに図書室が大好きな学生も、昼休み開始直後はみんなご飯に夢中。最初の15分から20分ほど、誰もいないひっそりとした図書室を私は独り占めしていたものだ。

早いお弁当を終えた男の子たちで図書室が賑やかになると教室に戻る。自分の席でお弁当を広げても良かったが、学食に出る子も多かったがらんとしたクラスの中でせっかくなので、窓側の日当たりの良い席に勝手に座り、ひとりピクニックを楽しんだ。

幸いな事に話しかけづらいタイプでなかったので、大抵の場合はご飯を終えて暇を潰したがってるクラスメートが声をかけてくれたり、中庭に面している窓側の席から外でキャッチボールを楽しむ男子に茶々を入れたりして楽しんだ。

 

毎日毎日、同じことを繰り返さなければならないルールから解かれた私は、その日その時間毎に会える人と、その時だけ楽しいことをただただ共有した。

それは大学生になっても続いたし、今にも継がれている。(そう、昨日のパーティでもそうであったように)

 

 

昼食に限った話でなく、例えば二人で出かけた美術館。

同じルートを同じタイミングでまわらなければいけないなんて馬鹿らしい。好きなものを好きなタイミングで楽しんで、たまたま合った時間のみ楽しいことを共有すればそれでいい。

それは家族でだって恋人でだって。

 

誰かに足並みを揃えることも逆に揃えられることも苦手で、

それは私自身が人の出入りが多いシェアハウスで居心地が良いことや、一つのコミュニティに属すことを避けていること、そして一つの恋愛が苦手なことにも帰結する。

 

 

たくさんの人が集まるパーティのような場所ですみっこでひとり佇んでいたり、休みの日に誰も誘うこと無くひとりで何処へでも出かけることを打ち明けると、「ひとりが好きなんですね」と称されるけれど(実際私自身もそう思ってきた)、それはひとりが好きなのではなく、意味もなく他者に時間を侵されるのが苦手なんだと気がついた。

 

暗黙の了解でただ継続していく関係性が苦手なだけで、多分わたしは誰かと一緒にいること自体はとっても好きなんだと思う。