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年末年始のこと

年の瀬は福島にいました。

 

ここ最近は多方向から福島のお話を聞いたり、イベントに顔を出すことが多くなり、

そのうちに自分でもその場所や、場所が内包する課題を見出したくなったこと、

また震災云々関係なく福島に行ったことが無かったので行ってみたいなあ

という軽い気持ちを友人の松島宏佑くんに共有したら

彼も丁度福島について知りたいと思っていたということで

互いの予定が合わせやすい年の瀬も年の瀬、12月29〜31日に福島に遊びに行くことにしました。

 

震災のこと、原発のこと、

宮城県は亘理町で様々な活動を行う松島くんのお陰で、

宮城県に関する知識や考えを募らせることは出来ていたのですが

福島県のことは恥ずかしながら何も得ず、何も考えられていないままでした。

 

 

そもそも私という人間は、自身が心に持っているスケールが極めて小さい人間で

例えば世界平和とか、海外支援とかに関心を持ったことは今まで無く

自分が見てもいない国、話してもいない人たちの幸福を願うことなど

自分の身近な周囲に対しても徹底出来ていない現状、非常に身勝手に思われて

能動的に無関心にして生きてきました。

 

2011年の地震の直後もそれは同じで、

まずは自分の身体のこと、そして近くに居る人たちのことで頭が一杯で

行ったこともない東北のことについて思考を向けることなど

当時の私にはとても難しかったのです。

それを少しずつ変えてくれたのが、松島くんの存在でした。

当時島根で働いていた彼は、震災後直ぐに地元である宮城へ帰り、今も尚其処で働き続けています。

震災直後、色々と動き回り少しずつ心も身体も参っていく彼の様子を見知り、

また同時にいつまでも東京でガタガタ震えているだけの自分に嫌気が差していた頃

「私は正直、東北のことも宮城のことも全然知らないし分からないけれど、

 友人である貴方の力になりたいと思うので何をすればいい」

と尋ねたところ

「考えるのは後でいいから、とにかく今は現地で身体で応えて欲しい」

と言ってくれたので、産まれてはじめてボランティアというものに参加しました。

 

今考えると、それが自分と世界の新たな関係性を紡ぐ一歩だったように思います。

私のような矮小な人間は、そうやって自分の足で少しずつ

身近な点と点を糸で繋ぐような方法でしか、自身を取り囲む世界を拡げることが出来ないのだと気付きました。

そうそう、だから今回の旅も「自分がどのような問い、課題を立てられるか」等と言いながら

本当は単に自分の足と自分の目とその耳で、

ちょっとでも自身の思考が届く範囲を広げたかったのだと思います。

 

 

何となくで決まった日程、しかも年の瀬だったにも関わらず、

様々な方の御厚意で色んな話を聞いたり、色んな場所に足を踏み入れられたり、

本当に密度の濃い旅になりました。

本当にありがとうございました。

町の持つ美しさや、そこに生きている人々の声が聞けたこと、

またその場で様々な活動が起こっていることを知ることで

具体的にどういった方向性でなら自分の持ち物を有効活用できるだろうということも

少しずつ見出すことが出来そうです。

 

今回お会いさせて頂いた方の一人である貝沼航さんが運営されている

テマヒマうつわ旅 のコンセプトが

「百年かけて作ったものを、百年かけて使う」

と素敵なコピーなのですが、それは自身の心に持つ器も同じことが言え

何処かから借りてきただけの器でなく、自分が足を運び手をかけ拡げた器にこそ

きちんと自分の思考という中身が深く浸透するのだろうと思います。

少なくとも、私にとっては。

 

 

31日に東京に帰ってきて、今年は珍しく住人全員が帰省してしまったので

はじめて一人静かに年越しを迎えました。

幾つかの友人たちの誘いに乗るのも良かったのですが、

体感してしまった雪国のしんしんとした静けさの余韻をもう少し味わっていたくて

音も時計も持たぬまま、淑やかなお正月を過ごしました。

 

(はじめて雪国を訪れたのは去年の青森でのことで、

 町全体が白く埋まった姿は、ミュージアムのホワイトキューブのようでそれはいたく感動したものです。

 今回の福島、特に会津もそれは同じで、生涯で一度は雪国に暮らしたいという気持ちを更に強くしました。)

 

一年の計は元旦にありといいますが、

その言葉を信用するなら今年は良い一年になる予感がします。

そういえば、明日でまれびとハウスに住み始めて三年になりますね。

今年もよろしくお願いします。