歌舞伎町の話

 

所用で、はじめて歌舞伎町にひとりで降り立った。

 

"歌舞伎町"という名が持つ先入観のためか、JR新宿駅構内で既にわたしは、ひとの流れに酔って具合が悪くなっていた。

「もうなるべく新宿には来たくない」と今まで何度思っただろう。

駅を1歩出てから歌舞伎町に向かうまで(案の定迷った)、わたしの身体は震えに震えていたのだけれど、

実際歌舞伎町と呼ばれる地域に辿り着くと、不思議とその震えは薄れていった。

 

 

道に迷い過ぎたため待ち合わせに遅れることを懸念して、それどころじゃなかったからかもしれない、

たまたま声を掛けたホストのお兄さんがとても親切にしてくれたからかもしれない、

待ち合わせ場所に辿り着く頃にはすっかり"普段通り"の自分を装えていた。

 

そもそもわたしは約3年、川崎の歓楽街で働いていて、

ああいった街並みには慣れていた筈で、

なんだ歌舞伎町も川崎と(規模の差異はあれど)変わりはないではないか、と

安心して帰路に就いた。

 

 

が、歌舞伎町で安心しきったわたしの身体は不思議なことに、

JR新宿駅構内でまた、怯え始める。

 

歌舞伎町にいたひとたち、薄汚い強欲さを隠さずに晒すような、きらびやかな嘘で嘘を塗り固めるような、

東京中の穢れを一気に引き受けてしまっている、そんな一種の覚悟のようなものを感じる場所よりも余程、

駅構内の、一見なんの変哲もないがその実は、

何処になにが潜んでいるかまったく見えない、

なにを考えているかまったく判らない人の波に流されてしまう場所のほうがわたしには恐ろしいことだと気付いた。

 

 

「嘘の嘘は真実だ」なんて屁理屈を捏ねては、歌舞伎町を正当化する気は無いけれど、

そもそも嘘があるか無いかもわからない、あるとしたらどんな色形をしているのか想像もつかない、

そんな場所に身を置く方が、疑心暗鬼でやつれそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんて、

はじめて其処に来た人間に、ここまで言葉を並べさせることの出来る

それこそが歌舞伎町という町の魔術で、わたしはそれに騙されているだけかもしれないけれど。