ともだちのともだち

 

だいじなともだち(彼)のだいじなともだち(Aくん)に出会った。

 

 

彼、は学生時代からやっているファーストフードのアルバイトを卒業した今もずっと続けていて、

貧乏生活の傍らで、小さい部屋をアトリエがわりに大きな絵を描いている。

 

今時珍しい、言い方は悪いけれど、とても古い生き方だと思う。

けれど、わたしもAくんも彼のそのストイックな生き方がとてもすきだ。

同時に、彼の描く絵がとてもすきだ。

 

 

 

彼はお世辞にも友達が多い方とは言えず、

わたしとふたりで会っているとき、他の友達の話を聞くのだが

そのメンバーはいつも4〜5人で固定されていて、Aくんはその中の最多登場人物だった。

なので、わたしとAくんはろくに会ったことはないのに、彼を通してお互いのことをよく知っていて

(働いている場所、どういう仕事をしているのか、どんなことを面白いと思っているのか、

 それこそちょっとした異性関係まで…)

はじめて会っても、そんな気がまったくしなかった。

 

 

Aくんに会ってすぐ、わたしは彼の話題を出した。

お互い、どれだけ彼のことを想っているのか、様々なことを語り合った。

彼の絵や映画や音楽に対する、不器用だけれど真摯な眼差しをとても尊敬していること。

そんな彼に薦められた映画や音楽を、とても大事に扱おうとしていること。

(実際、わたしの今の音楽観を植えつけてくれたのは彼で、

 彼と一緒にいないときに見つけたお気に入りのCDを彼の部屋で流したとき、

 とても緊張したことを今でも覚えている。)

 

 

彼の生き方はとても行き辛いだろうけれど、けして絵を捨てて欲しくないと勝手ながらも思っていること。

その話の流れの中、Aくんが言った言葉にとてつもない愛情を感じて、わたしはひとり、震えていた。

 

「僕はまだちいさな力しかないデザイナーだけど、この力を磨いて、大きくなった暁には

 必ず彼を表舞台に出してあげたい。

 それだけの力が彼には必ずあるから。

 引っ込み思案で不器用な彼に対して僕が出来る、最大限の貢献だと思ってる。」

 

 

 

生きることが下手くそな彼に、Aくんのような友達がいてくれてよかったなあ…と思った。

生きるのが下手くそだけれど、その分丁寧な彼だからこそ、Aくんのように言ってくれる友達がいるんだなあ…とも思った。

 

 

 

 

 

彼の薦めてくれる映画や音楽を大事に扱いたいと思っている気持ちと同様に、

彼が大事にしている友達を、彼と同じように大事にしたいと思わせるパワーが彼にはある。

けして、繋がっている人数が多いわけではないけれど、

彼を取り巻く全てを愛したいと思わせる、不思議で貴重な、一種のHUBでもあるひとなんだ。

 

 

Aくんとはまだほんの少ししかお喋りできていないけれど、

彼を通して、きっと仲良くなれると確信していた。